【日本傾聴塾】

2020年7月

日本傾聴塾会長 木村知子

-みなさまへ-

 2019年11月から日本傾聴塾の会長に就任しました。1997年に神奈川ALCとして十数名でスタートした日本傾聴塾も今は全国に約500名の傾聴ボランティアが「聴くことは それだけで 援助になる」という共通の理念のもとで活動を続けています。前会長の村田久行氏から会長を引き継いだ時には、今までに積み上げてきた傾聴塾の活動を踏襲することを第一に考えていました。しかし、コロナ禍でボランティア活動の状況は一変し、傾聴ボランティアが施設、病院にとっては「不要不急」であったという現実に直面しました。このまま半年先、1年先、さらにもっと続くかもしれない、今までのような活動ができない傾聴塾は会員にとってどんな意味があるのだろうか?嵐に巻き込まれた船の新米船長のようにアタフタとしていましたが、自粛生活は私に、自分自身がなぜ傾聴ボランティアを志し、それを20年以上続けているのだろうか、これから何がしたいのか、そのためにどうしたらよいのか、という事を立ち止まって考える時間を与えてくれました。
 私は海外で手術、入院を余儀なくされたときに奇妙な経験をしました。それはある日、突然、見知らぬ婦人(外国人)がやってきて「ここにいても良いですか(英語)」とベッドサイドに座ったのです。私は最初は少しでも愛想よくという持ち前のサービス精神を発揮し、ニコニコしながら英語で話をしていたのですが、急にそんな自分に腹がたち、関西弁で「なんで私がこんなとこにおらなあかんの」とか、まくしたてていました。その夫人は私の落ち着くのを待って「日本語はわからないけれど、あなたがつらい、悲しいのはわかった(英語)」と言って退出しました。その時は日本語もわからないのに、わかるわけがない、と思いましたが不思議とスッキリしたことを覚えています。帰国後に広報誌に載った小さな「傾聴ボランティア養成講座」の記事を見つけ、傾聴の意味も知らずに受講しました。そして理論、概念を学ぶことで、あの体験は「人は話を内容、事実(話し手の)としてではなく苦しみとして受け取ってもらえたときに、苦しみが和らぎ、軽くなり、なくなる のだ」「仮面を外せたときに魂は癒されるのだ」まさにこれが「聴くことは それだけで 援助になる」ということなのだ!! この実感が私の原点です。
 見渡せば私たちの周りには話を聴いてほしい人はたくさんいます。むしろ全ての人が聴いてほしいのではないでしょうか。それは苦しみは普遍的だからです。これまでの傾聴塾の活動は施設、病院などに限られていたかもしれません。しかし、これからの生活様式の中では、もっと自由に、専門職性を持った私たち傾聴ボランティアが出会った方が安心し、苦しみが少しでも和らぐような関係性を構築することができれば、どこででも、だれにでも、いつでも「聴くことは それだけで 援助になる」という理念に基づいた私たちの活動は絶えることはないと確信します。

ボランティア(volunteer)を辞書で調べると「自発的に申し出る」「進んで事にあたる」とあります。
新しい傾聴ボランティアとしてご一緒に活動を始めましょう。

≪歴史と現状≫

傾聴ボランティア「日本傾聴塾」の提唱者は、京都ノートルダム女子大学名誉教授の村田久行氏(現日本傾聴塾副会長)です。

村田教授は1993年、山形県で特養ホームを訪問し、お年寄りからお話を聴くボランティアを始め、それを「傾聴ボランティア」と命名しました。その後、神奈川県の東海大学健康科学部社会福祉学科在任中に、傾聴ボラン ティア養成講座を開講し、1997年この養成講座を修了した人たちが、神奈川県で傾聴ボランティア団体「神奈川ALC(Active Listening Club)」を結成しました。そしてその独自の教育プログラムと活動がその年の東京新聞(1997.4.5朝刊)に紹介されました。
新聞記事へ

これが日本で「傾聴ボランティア」 の名称が、初めてマスコミに登場した最初の記事です。その後神奈川ALC(2005年、神奈川傾聴塾と名称変更)の傾聴ボランティア活動と傾聴ボランティア養成講座は、北海道傾聴塾・山形傾聴塾・京都傾聴塾・大阪傾聴塾・徳島傾聴塾・大分傾聴塾と日本各地に広がり、現在、日本傾聴塾の会員の総数は400名を超えています。

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